人間関係ベースの消費 -地域SNSが地域活性化に貢献するために
事務局の庄司が、国際大学GLOCOMの機関誌『智場』にコラム「人間関係ベースの消費 -地域SNSが地域活性化に貢献するために」を寄稿しました。その内容を転載します。
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■地域SNSで地域は活性化するのか
地域活性化というテーマは重要度を増している。100年に1度ともいわれる大不況の中、急速な経済活動の縮小によって、特に地方における地域社会は大きな困難に直面している。中長期的にみても、少子高齢化と人口減少がさらに進み、地域社会の衰退は今後も進んでいくと予測されている。国立社会保障・人口問題研究所によると、東京の人口は今後20年で約4%増加する一方で、たとえば秋田県の人口は20%以上減少するという。若い労働人口が集まる都市部と、人口減少の中で高齢者が残る地方との間の格差はさらに広がっていくだろう。
筆者は情報技術と地域社会とのかかわりを研究する中で、ここ数年は「地域SNSによる地域活性化」を主な研究テーマの一つとしている。「人のつながり」に重きを置くネットコミュニティであるSNSが、実際の地域社会にどのような影響を与えるのか、またそれをどう把握し評価し、改善していくことができるのか、ということに関心がある。
地域活性化という大きなテーマに対して、情報通信技術が果たす役割は限られており、しかも地域SNSという特定のツールができることはさらにその一部にすぎない。だが、「人と人をつなぐ」というSNSの特徴が地域社会に与えるさまざまな含意には興味深いものがあり、ソーシャルキャピタル論や社会ネットワーク論、ネットワーク科学など様々な分野の研究を参照しながら研究を進めている。
2004年の末に熊本県八代市で生まれた地域SNSは、誕生から4年、全国各地で開設が相次ぐようになってから約3年が経過した。まだまだサイトの数は増加しており、2009年2月現在、国内の事例は約400カ所にまで達している。政府の政策(例えば2009年3月の総務省「「デジタル日本創生プロジェクト(ICT鳩山プラン)」)の中でも触れられるなど、地域SNSへの期待は息が長いものになってきている。
だが最近は、地域SNSへの視線が「可能性に期待する」ものから「成果を問う」ものへと変わってきたと感じる。政府や民間のさまざまな表彰を受けるなど、高く評価されている事例が複数存在するので、顕著な成果はあがっている。また表彰とまではいかないが、筆者が注目すべき成果だと考えている事例も、全国に数十カ所という単位で存在する。
その一方で、参加者が集まらなかったり盛り上がりが続かなかったりするものも非常に多い。そういった地域SNSを指して「立ち枯れ」などと呼ぶ人々もいる。またそもそも地域SNSの参加者数は多くても数千人という規模であり、地域社会全体に与えるインパクトや広告媒体としての価値などの観点からみると、物足りないとみられることが多い。
このような状況にある地域SNSは、地域社会の活性化のためにどのような貢献をすることができるだろうか。あるいはそこからどのような示唆を得ることができるだろうか。特に、現在もっとも重要である地域「経済」の活性化というテーマについて、各地の地域SNSの取り組みや「人のつながり」という観点から考えてみたい。
■地域で人をつなぐ必要性
はじめに、地域活性化のために「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」が果たす役割を考えたい。地域SNSの運営者や研究者の間では、地域SNSがソーシャルキャピタルの醸成に役立ち、それによって地域社会の運営の効率化や活性化に結び付くという議論が多い。
ロバート・パットナムの研究によると、イタリアの北部地域では自発的な市民活動が活発で地方自治が機能し産業化も進展しているが、南部地域は社会的な信頼関係の発展などが不十分であり、地方政府の腐敗や犯罪発生率の高さ、産業の未成熟などが課題になっている。パットナムは、地域社会がうまく機能するためには人々が自発的に協力し合うことが必要であると指摘し、そのために求められる社会的特徴をソーシャルキャピタルと呼んだ。具体的には、信頼関係、互酬性規範(お互いに何かを与え合う規範)、社会ネットワーク(人と人のつながり)といったものである。
ソーシャルキャピタルは、社会・経済活動における取引コストを低下させる。日本は、国際的にみればソーシャルキャピタルが比較的豊かな社会だ。日本のサービス業の水準の高さや製造業の効率の高さは、こうしたソーシャルキャピタルの高さに支えられている。買物に行って何十倍もの値段を吹っかけられたり、役人からわいろを要求されたり、道端で強盗に遭ったりすることは基本的にはない。逆に、ソーシャルキャピタルが乏しい社会では、さまざまなリスクに備える必要があり、ビジネスも行政も取引コストが増大する。
しかし日本社会のソーシャルキャピタルは、歴史的にみれば減少傾向にあるだろう。人の移動が激しくなる中で地域社会における人のつながりは衰退し、特に都市部では社会的な協力関係を結びにくくなっている。また地方でも、地域の自治組織や業界団体などによる活力が低下しているところが少なくない。終身雇用で家族ぐるみの高福祉を担ってきた会社組織でも、雇用の流動性が高まる中で人的なつながりや信頼関係などが衰退している。
社会・経済活動の取引コストを下げ、人々の自発的な協力行動によって地域社会を活性化させるためには、ソーシャルキャピタル、すなわち「信頼関係、互酬性規範、社会ネットワーク」を豊かにするような取り組みが求められる。そのためにまず今やるべきことは、地域で人をつなぐ、あるいはつなぎ直す取り組みなのではないだろうか。
■地域SNSを通じたモノの売買
少し話題を具体的にしよう。ここで、地域SNSを通じて売り手(生産者)と消費者の間に具体的な人間関係や仲間意識があり、長期間の日常的コミュニケーションをベースとしてモノの売買がおこなわれている事例を紹介したい。
鹿児島テレビが運営している地域SNS「NikiNiki」では、併設の物販サイト「NIKI MONO」で、ユーザーが制作した陶器やベビー服、民芸品、飲食店の割引券などを販売している。これは、鹿児島テレビが在庫を抱えているわけではなく、商品を紹介しユーザー間の売買の仲介するドロップシッピングのサイトだ。ただし、NIKIMONOの場合は、そこで商品の売買をするだけではなく、SNS上でのコミュニケーションや人間関係がともなう。つまりこの物販サイトにアクセスすると、日ごろからSNSやオフ会などを通じて互いに日常の様子や人となりをよく知っている仲間からモノを買うことができ、買った後にも交流を深めることができるのである。SNSを通じて「友達(の友達(の友達))」という非常に狭い範囲での消費を支援するサイトであるといえるだろう。
またこの物販サイトでは、「NikiNikiリストバンド」という赤いシリコン製のリストバンドを販売している。これはNikiNikiの仲間であるということの証で、このリストバンドを購入し、身に付けて「協力店」へ行くと、餃子を1皿無料でもらえたり、車検や修理を5%引きで受けられたり、メンバー用の焼酎ボトルを飲めたりするなど、特別なサービスを受けることができる。商店街やスーパーなどが行う会員割引のようなものだが、協力店と顧客(ユーザー)がSNSという場を共有し、日ごろから1対1で交流したり連絡しあったりできる関係であることに意義がある。そのような関係があるからこそ、協力店は「NikiNikiの仲間にはサービスしよう」と考え、ユーザーも「どうせ行くならNikiNiki協力店へ行こう」と思うのだろう。
次に、西千葉の地域SNS「あみっぴぃ」から、地域SNSと地域通貨が連動している事例を紹介したい。この地域SNSは千葉市の西千葉駅前からのびる「ゆりのき通り」が活動の中心になっており、そこに、ユーザーが日常的に集まる中華料理店がある。この店では料金の一部を「ピーナッツ」という地域通貨で支払うことができる。そしてSNSユーザーであるこの店のご主人は、同じくSNSユーザーである野菜農家から有機野菜を仕入れる際に代金の一部を地域通貨で支払っている。さらに野菜農家の方は、農作業を手伝いに来てくれるSNSユーザー達に地域通貨でお礼を支払っている。つまりここでは、地域SNSのユーザー同士で地域通貨を循環させながら、仲間内での消費を成立させているのである。
他にも、同様の取り組みやエピソードがある。兵庫県の地域SNS「ひょこむ」が設置している「ひょこむモール」では、兵庫県内や地域SNSを通じて連携している他の地域から200点以上の商品が出品されている。また青森県八戸市の地域SNS「はちみーつ」でも、SNS内のコミュニケーションの中でできた人間関係にもとづいて地元名産のホッキ貝を売り込もうという実験に取り組んでいる。この実験で八戸市がつくろうとしているのは、複数の地域SNSのユーザーをつなぎ、地域づくりに関心の強い人々が地域間交流をしながら互いの地域を支援しあうというモデルである。
いずれの事例も、人間関係や仲間意識をベースにした消費行動の可能性を示している。このような消費の形態は生活協同組合や会員制サービスなどに似ており、根本的に新しい経済モデルを打ち立てているというわけではない。だが、SNSというツールによって地域で人間関係を結び直すことができ、信頼や互酬的な関係を育てていくことができるという可能性を示している。
■関係を育む消費のあり方
ここまで紹介したような、売り手(生産者)と消費者の間に具体的な人間関係や仲間意識があり、長期間の日常的なコミュニケーションをベースとしてモノの売買を行うことを、「人間関係ベースの消費」と呼びたい。人間関係ベースの消費は、モノを売買するだけではなく、それをきっかけにコミュニケーションが膨らんでいき、関係をさらに育んでいくというところに特徴がある。
これは、情報技術を駆使して世界中から自分のニーズに最も適合する最も安いものを探し出して手に入れようという、消費のあり方とは全く異なっている。人間関係ベースの消費で手に入れる商品はその人にとってベストのモノではないかもしれないが、その代わりにコミュニケーションや人間関係、そこから得られる楽しさや満足感などの付加価値があるからだ。
また人間関係ベースの消費は、既成のブランド品を購入するような消費の仕方とも異なる。ブランド品が既に持っているイメージや物語性などを評価してモノを手に入れるのではなく、相手との関わりあいの中で自分もイメージや物語の形成に参加するようなところがあるからだ。
つまり、人と人のつながりを生み育てるSNSが地域経済の活性化というテーマに与える示唆とは、売り手と買い手、あるいは生産者と消費者の間の人間関係やコミュニケーションに基づく消費を、新しい形でもっと拡大することができるのではないか、ということである。売買が行われるその時点だけの即時的な関係ではなく、売買がおこなわれる前にも後にも文脈を共有し、リスクを分担し、プロセスをともに楽しみながら生産と消費のサイクル回していくことができるようになれば、ソーシャルキャピタルは増大し、地域経済の将来にも少し、光が射すのではないだろうか。