『シェアリングシティと政府の役割』② シェアリングシティ・ソウル

baf9cc02dd999252289733541fe74515_s『行政&情報システム』誌に掲載された地域SNS研究会事務局の庄司昌彦(国際大学GLOCOM准教授)によるコラム「シェアリングシティと政府の役割」を、3回にわたって掲載しています。
第2回は「シェアリングシティ・ソウル」についてです。

>>第1回「『シェアリングシティと政府の役割』① シェアとは何か」

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ソウル市のシェアリングシティ政策

シェアリングエコノミーを包括的な都市政策として進めているのが韓国のソウル市である。
シェアリングシティ政策を始めたのは、2011年に市長に就任したパク・ウォンスン氏である。彼は有力な市民運動の「参与連帯」やシンクタンク「希望製作所」に深く関わってきた経験を持ち、住民自治や自発的な政治参加の尊重を政治スタイルとしている。
経済の低迷により財政への危機感が高まる中で就任したパク市長は、予算を抑えながら行政サービスを市民に提供し続け、住民同士の共助を促すために米国のシェアリングエコノミーに着目した。そして2012年9月に「シェアリングシティ(共有都市)・ソウル」を宣言し、一連の政策を開始した。

シェアリングシティ政策の展開は、(1)第1段階:2012-13年に行った企業支援とエコシステム作り、(2)第2段階:2014年の地域社会への導入、(3)第3段階:2015年の学校教育への導入、の三段階で整理することができる。

まず2012-13年の第1段階で最初に行ったのは「ソウル特別市共有促進条例」と施行規則の制定である。条例ではシェアとは何かという概念の定義、政策の方向性・方針を示した。この条例で「共有企業」「共有団体」を定義したことが、企業や市民団体を財政支援する際の根拠となっている。
共有企業は、市からの財政支援とひきかえに、交通、住宅等の分野で社会課題を解決し、ソウル市が進める公共価値の提供に向けて市と相互協力する。これまでに民間人による委員会が64企業・団体を選定し、合計7000万円ほど支援し、「お墨付き」を与えてきた。

また、中間支援としての「シェア・ハブ」という活動を、ソウル市の財政支援の下、民間団体のクリエイティブ・コモンズ・コリア(CC Korea)が担っている。
具体的な活動は「シェア」のコンセプトの広報、サービス未経験者にアドバイス等を提供するオンラインコミュニティの運営、国内のサービスの紹介、国内外の研究論文のアーカイブ、市と企業の連携支援、シェアリングサービスを始めたい企業向け説明会の実施やオンライン動画の提供等である。また、シェアリングエコノミーに関する勉強会予定などをまとめたカレンダーもオンラインで提供している。
こうしたイベントは当初はシェア・ハブ自身の企画が多かったが、自発的な勉強会が増えているという。また、大規模カンファレンスも開催している。

その他、ソウル市はオープンデータ提供もシェアリングシティ政策の一環に位置づけている。
市に提出された報告書類の公開のほか、CC Koreaが写真共有サイトを運営している。また、もともとは市民が利用するようにはしていなかった公務員用の会議室や備品等も支障のない範囲で市民と共有することにし、オンライン予約できるようにした。基本的には有料だが民間の貸会議室よりも安い価格で利用できる。

2014年からの第2段階では、市役所だけでなく、市内25の区がシェアリングエコノミーの取組みを開始した。各区は補助金などを使いながら、密接な関係を持っている市民団体との協働を深めている。
たとえば、「共有本棚」や、公共施設等の駐車場の、住民や市が指定した企業との共有である。

2015年からの第3段階では、中学校や高校を対象とした教育も開始した。
創業体験という授業時間を利用して不要品を友達と交換する体験したり、共有企業の経営者による講演会をしたり、経済関係のサークルが傘の貸し出しサービスを実験したりしているという。
その他、企業育成の強化や、市民による社会的活動の強化、シェアリングエコノミーのさらなる普及を目指すために、2015 年8月からは市の体制を強化し専門チームを発足させた。また、国際的な顧問団の形成や、ソウル市に続こうとしている釜山市や大田市等との協議会組織も作ろうとしている。

ソウル市の代表事例

代表的なサービスと市の関わりを見てみよう。
まずカーシェアについては、民間事業をソウル市が束ねて「ナヌムカー」というブランドで展開している。市民が自動車の利用を効率化することで、交通問題や環境問題の改善を目的としている。
2015年12月時点での利用拠点は市内1,262ヵ所あり、1日平均4,000人以上が利用している。市は2018年までに拠点を2,400ヵ所に拡大する方針であり、これは、市内のどこからでも2分内にナヌムカーを利用することができるほどの数であるという。
ソウル市はこの事業を後押しするために、市の公用車の買い替えをする代わりに、カーシェア企業に市の駐車スペースを提供し、行政職員は一般利用者と同じようにカーシェアを使うようにしている。カーシェア用の自動車は公共駐車場で割引がされるなどさまざまな特典を受けることもできる。市は、民間企業やマンションにも、駐車場の一定面積をカーシェア用スペースとすることを勧めている。

空き部屋を宿泊施設として提供するAirbnbに似たKozazaは、外国人観光客を対象とした市民民宿を特徴としている。500件以上の伝統家屋を扱い、政府の規制と整合的なビジネスを展開することでAirbnbとの差別化をしている。
利用者は、韓国人にとっても珍しい伝統家屋での宿泊体験を目的としており、長期滞在やリピートの傾向が強いという。また、所有者は貸し出すために伝統家屋に投資し手入れをするためこれによって伝統家屋の価値が保護されるという効果もある。さらに、ITや英語ができない高齢者などにはクリーニングやホスト業務を代行している。月に数日貸すだけで数万円規模の収入を生むことで、社会的なセーフティネットになっている。

住民所得が低い恩平(ウンピョン)区の物品共有センターは、運営企業CEOのチャ・ヘオク氏らが2011年に物や才能を交換する目的で立ち上げた地域通貨が母体となっている。
ソウル市の提案制度に応募し1億2,000万円の助成金を受け、恩平区からは場所の無償提供を受けて物品共有センターを建て、道具を揃えた。住民が自ら管理することで人件費を抑えており、2年以内の自立運営化を目指している。センターは、工具類を地域住民に貸し出すほか、壁紙貼りや家電修理等の技術を教えあい、貧しい人々を手伝ったり互いに助けあったりすることを目的としている。
他の共有企業とは異なり、金銭的な売上ではなく、人々が能力を発揮し、信頼関係に基づいた経済活動の共同体を発展させることを目指している。物品の貸出は人々がシェアリングという概念を知るための仕掛けであり、物を借りに来た人と対話し、その人の才能を助けあいに生かしていくことを重視している。

>>第3回「『シェアリングシティと政府の役割』③ サンフランシスコ、アムステルダム、ミラン、そして日本」