第13回 パリ市「Peuplade(ププラード)」 ―ランデブーと隣人祭り(2)(月刊『広報』連載コラム 「人をつなぐ」地域SNS ~各地の地域SNS活用術)

前回は、フランス・パリ市を中心とする地域で16万人もの参加者を集めているSNS「Peuplade(ププラード)」を紹介した。Peupladeは、ネット上のコミュニケーションを促進するだけではなく、現実社会での「出会い(ランデブー)」や協力行動を促すことを目的としている。そして、その目的を実現するためにさまざまな機能が設計されていることを紹介した。今回はPeupladeの続編として、Peupladeと同じパリ17区から生まれた「隣人祭り」という取り組みを紹介しながら、地域SNSと現実の地域社会とのかかわりについての示唆などを紹介する。
800万人が参加する「隣人祭り」
隣人祭りとは、料理を持ち寄って食卓を囲んだりお茶を飲んだりすることを通じて、近所で暮らす人同士が交流を深め、より良い人間関係を育んでいこうとする小さな「お祭り」だ。SNSなどの情報技術を使ってはいないが、地域社会の人間関係を良くすることで個々の暮らしを豊かにしたり地域を活性化したりしようとしているところが、地域SNSとよく似ている。
この隣人祭りは、フランスのパリ17区で助役を務めているアタナーズ・ペリファン氏が、お年寄りの孤独死に接して近所づきあいの大切さを痛感し、1999年から自分が住むアパートの中庭で始めたものだ。近所の人に招待状を出し、ポスターを貼り、テーブルを外に出し、手作りで作っていく。それが、少しずつ周囲に広がり始め、現在はヨーロッパを中心とする世界各国で行われるようになった。基本的には毎年1回、5月の第4火曜日に開催することになっていて、1年間に世界29の国と地域で800万人もの人々が参加しているという。2008年からは日本国内にも支部ができ、各地で開催されている。
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図:隣人祭り日本支部のウェブサイトより
近所の人が会ってひと時を共にするというだけの、とてもシンプルなイベントであるのに、隣人祭りが多くの人を引き付け、世界各国へ広まっているというのは興味深い。近所づきあいが衰えているのは日本だけではなく、機会があれば人とのつながりを作りたいと求めている人がたくさんいるということだろう。
ペリファン氏によれば、フランスでは精神安定剤や抗うつ剤がたくさん売れていたり、若者の自殺が問題になったりしている。また、「政治が治安や安全にばかり向いていて愛情を失っている」という。彼は隣人祭りを広めることで、そんな社会状況と戦っているのだと語っている。また、ペリファン氏とともに『隣人祭り ―「つながり」を取り戻す大切な一歩―』(ソトコト新書、2008年)を著したジャーナリストの南谷桂子氏は、”エスプリ・ド・パルタージュ”(分かち合い、共有の精神)という言葉が、隣人祭りを象徴しているという。恵まれている人が誰かを一方的に助けるような関係ではなく、近くにいる人同士が、自分ができることをして互いに助け合うような「お互い様」の関係をどれだけ作ることができるのか、ということをペリファン氏は追求しているのだ。
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図:ペリファン氏・南谷氏と筆者
ITを使わない人にもつながる地域SNSへ
近所の人たちが食事を共にして人のつながりを作る「隣人祭り」と、地域で人と人が実際に出会うためにさまざまな工夫をしている地域SNS「Peuplade」は、ほぼ同じ時期(ともに2000年前後)に、パリの17区から発祥した。
ペリファン氏によるとこの17区は、裕福なブルジョアの人々が住む地域と、BOBO(「ブルジョア・ボヘミアン」の略)と呼ばれる裕福で自然志向な新消費者層が住む地域と、貧しい移民の住む地域から構成されていて、フランスの縮図のような場所だという。そして社会的なイノベーションへの志向が強く、ペリファン氏やPeupladeの運営者ナタン・スターン氏のような社会起業家が何人か目立った活動をしている。
そして実は、スターン氏とペリファン氏は親しい間柄にあり、Peupladeを始めるにあたってスターン氏がペリファン氏に相談したり、ペリファン氏のためにスターン氏が隣人祭りの運営キット作りを手伝ったりしている。つまり、オフラインでたくさんの人が参加する隣人祭りと、オンラインで人の出会いを促すPeupladeは、目的や思想を共有し関連しているのだ。
またペリファン氏はPeupladeを高く評価している。その理由はPeupladeが「ユーザーのサイト滞在時間を延ばすことを目的にせず、社会的な目的を実現するためにサイトを作っているから」だ。ただしペリファン氏は、近所にいる人々が感情を分かち合い人生を味わうためには、フィジカルな関係に勝るものはないとも考えている。それなのに、近所づきあいの課題を専門家に話すとすぐに「いいサイトがある」とインターネットの話になってしまうことを残念に感じ、ITに頼りすぎる傾向を批判している。
確かに、SNSは目的を達成するためのツールにすぎない。地域を活性化したり、生活を便利にしたりするという目的のためには、地域SNSに参加しない人・参加できない人も含めた地域社会全体への働きかけを考える必要があるだろう。その意味で、インターネット中心の「地域SNSのオフ会」よりも「隣人祭り」の方が、広がりがありイメージしやすい概念だといえる。
Peupladeの課題と日本との共通性
現実の社会との関わりを持ち、16万人ものユーザーを集め、自治体の効果的な支援も受けているPeupladeは、今後の日本の地域SNSのあり方に、たくさんのヒントを示している。だが、Peupladeにも課題はある。むしろ、日本の地域SNSと同様の課題を抱え、日々方向性を模索しているといってもよい。
たとえばスターン氏は、Peupladeを通じてたくさんの人々がネット上の交流にとどまらず実際に出会っていることを喜びつつ、「みんなで騒ごう、飲もうということが多く、社会的なことが少ないのは残念」と語っている。日本の地域SNSにも同様の傾向があるが、この問題には「(一過性ではない、日常的・社会的な取り組みにつなげるために)人と人が会い、よく話し合う中から、本当の社会的ニーズが出てくる」というペリファン氏の言葉が参考になると思われる。
また、持続的なビジネスモデルの構築も課題だ。Peupladeは現在、BNPパリバ(銀行)、SFR(携帯電話事業者)社などから年間約30万ユーロを売り上げており、日本の地域SNSよりもはるかに大きな経営規模を持っているが、開発コストなどもかかっており経営は赤字だという。参加者数を増やせば広告価値が上がるが、それでは「ローカルで小さい組織の心地よさ、Peupladeらしさが失われてしまう」という悩みもある。大きくなりすぎるとコミュニティの雰囲気が変わってしまうという問題も、日本の複数の地域SNSで見られる問題だ。
 海外の他の事例との比較を通じて、地域SNSというツールに共通する課題を発見したり、国内にはない新たな発想を得たりすることができる。今後は日仏双方で研究の進展やノウハウの交換などが進むことを期待したい。