第9回 神奈川県厚木市「マイタウンクラブ」 ―生活密着サービスのID基盤へ(月刊『広報』連載コラム 「人をつなぐ」地域SNS ~各地の地域SNS活用術)
「個人ID」の活用という方向性
地域SNSには、さまざまな社会活動を支えるコミュニケーション基盤となったり、地域情報の生成や流通・蓄積を支えたりする役割があることをこれまで紹介してきた。言い換えれば「オフ会」や「イベント」のための活用と「地域メディア」としての活用ということになる。
今回はこれらとは少し異なる方向に地域SNSを発展させる可能性について考えてみたい。今回紹介するのは、神奈川県厚木市役所が運営する「マイタウンクラブ」だ。この事例は、SNSが持つ「個人ID」を市民サービスに広く活用するということの可能性を示している。
施設予約システムから発展
厚木市は1986年に旧郵政省「テレトピア構想」のモデル都市指定を受けて以来、全国に先駆けてCATVや「キャプテンシステム」を活用した行政サービスの情報化などに取り組んできた。今回紹介する「マイタウンクラブ」も、地域SNSとして始まったものではなく、この時代から提供されてきた「スポーツ施設予約システム」がベースになっている。
2004年10月、マイタウンクラブはさまざまなサービスを統合して生まれた。まず、スポーツ施設予約システムの対象を公民館等に拡大し、「公共施設予約システム」とした。また、市が主催する講座やイベントの情報を詳細に提供し、それらのほとんどの申し込みがインターネット経由でできるようにもした。さらに、生涯学習サークルやボランティア団体等が簡単に団体情報をホームページに公開したり、電子掲示板を開設したりすることができる仕組みも設けた。そして、これらのサービスを「マイタウンパスポート」という薄いプラスチック製のIDカード1枚で利用できるようにしたのである。このカードは、図書館の貸し出しカードとも統合されている。つまりマイタウンクラブは、市民生活のさまざまな場面で登場する、生活に密着したサービスだといえる。
10万人以上の会員基盤と「サポーターズクラブ」
2008年8月現在のマイタウンクラブのユーザー数は10万人を超えたところだ。近隣自治体の住民など市民以外でも登録することができるが、厚木市の人口が22万人であることを考えると、非常に高い普及率だといえるだろう。
図書館での貸し出しなどにも使うものであるため、マイタウンクラブの会員には年齢制限がない。ただし、一般の個人登録カードのほかに、中学生以下の市民向けに利用可能サービスを限定した「キッズカード」と、施設予約や団体情報の公開に特化した「団体カード」もある。
カードの発行は1人1枚に制限されており、本人が市内の拠点で申し込む必要がある。身分証明書の確認も行うため、インターネット上のサービスとしてはかなり厳格な会員制を取っているといえる。
また、登録した団体はマイタウンクラブ内に団体紹介を掲載できる。施設予約時に登録する情報に「公開可」というチェックを入れるだけで手軽に登録できるため、1600以上の団体が情報を公開しているという。マイタウンクラブを運営する情報政策課の小路隆行氏と中正大氏は、「マイタウンクラブはリアルなコミュニティの活性化支援に重点を置いている」と明言している。二人とも公民館やスポーツ施設の職員を担当していた経験があり、その現場感覚が運営に生かされているといえよう。
さらに2007年12月には、マイタウンクラブの「サポーターズクラブ」が発足した。マイタウンクラブへの愛着が強く活動的な70人のユーザーが、「まちかどレポート」や企業コンテンツ作り、管理運営のサポートや盛り上げ役を担っている。
SNSの導入とサービス統合
厚木市は2007年の総務省の地域ICT利活用モデル構築事業に採用された機会を活用し、マイタウンクラブに、「SNSの構築」、「民間イベント情報の掲載」、「企業・ショップ情報の掲載」、「強力な横断検索」という増強を行った。
SNSは10万人のユーザーにそのままSNS機能を持たせるのではなく、規約に同意した人がSNSユーザーとなるようにした。それでも、SNSが開設された2008年3月から7月末までの間に1137人の登録があり、順調に増加している。地域SNSとしてのマイタウンクラブでは50代・60代のユーザーや、子育てをしている女性が目立っているそうだ。大手の民間SNSを使ったことがない、初めてSNSを使うユーザーが少なくないが、きめ細かいサポートや講習会、サポーターズクラブの活動が支えている。保育所の様子を保育士が父母限定で情報発信するなど、公的な利用も一部に見られる。
また検索機能は、市のホームページの掲載情報、企業・ショップ情報、マイタウンクラブ(施設情報、団体情報、行政・民間のイベント情報等)に加え、外部公開されたSNSの書き込みまで一気に横断検索することができる。逆に、重要なイベント情報などはこれらの情報源に加えて広報誌にも掲載するなど、クロスメディアにも取り組んでいる。
このように大規模で高度なサービスが実現した背景には、業務や掲載情報の標準化への取り組みがある。厚木市は2008年の「全国広報コンクール(日本広報協会)」で総務大臣賞、「e都市ランキング2008(日経BP社)」で5位など、近年、マイタウンクラブを含む情報化への取り組みが特に高く評価されているが、この背景には、2004年の開設時から、情報政策課を中心に、施設ごとに異なる予約の形式やルールを標準化したり、各部署との調整をねばり強く続けたりしてきたことがある。
「生活密着サービス」を追求
このように、厚木市では市民生活やサークル・団体活動を支えるID基盤の上に地域SNSを追加するという他に例がないアプローチを取っているが、このような発展の方向性は他の地域でも取り入れることができるだろう。マイタウンクラブの今後の発展についてたずねたところ小路氏は、同じID基盤ではあるが住基ネットワークとの連携や統合は考えていないという。セキュリティ要件が厳しく広域連携がしにくい、また子供などが気軽に持ち歩けない住基カードとは一線を画し、マイタウンクラブは「生活中心」と割り切っている。それでもマイタウンクラブは使用頻度が非常に高く、生活の中で何度も使われるサービスであるため、厚木市として運営費用に市費を投入しても十分効果があると考えているそうだ。これも、地域SNSの継続性を考える上で非常に参考になるといえよう。